from Akioさん
私が乞食にお金をあげはじめた理由
受信日●1998/5/7
7年前インドに行ったとき、たくさんの乞食に会いました。でも、誰にもお金を上げませんでした。乞食にお金を上げるのは、悪いこと、という意識が、あの当時自分の中にあったと思います。働きもしないで人からお金をもらうとは何事だ、と思ってました。でも、インドでは働いている人も油断が出来ません。気を付けないとすぐぼってくるのです。ミネラルウォーターを買おうとしたときのこと、若いお姉さんが、ふんだん10ルピー位で売ってるのに、15ルピーだとか言ってくるわけです。「いつも10ルピーで買ってるぞ」というと、お姉さんは「じゃ、10ルピーでいい」とかいってくるのです。当時の私はそれに頭にきて、「じゃ、なんで最初に15ルピーといったんだ!」とか言って怒ってました。でも、お姉さんは私の怒りなど意に介せず、「10ルピー」と平然と繰り返すだけです。なんじゃ、こいつは、とか思ってました。
他の旅行者も、バナナ1本が1ルピーだ、2ルピーだ、とかいって喧嘩しているのをよく見ました。旅行者は現地人にだまされてはいけないと、思っていました。
そんな、私の意識が変わりはじめた第一のきっかけは、そのインド旅行の最後の方で、ある日本人と話したことからでした。ニューデリーで、私を含めて4人の日本人とビールを飲んだときのことです。みんな個人で旅行していたのだけど、たまたま会いました。私の意識が変わりはじめたのは、Aさんという少し年配の人の話からでした。
Aさんは、2回目のインドとのことで、前回は10年以上前とのこと。そのときは、肝炎になって、おくらを食べて直したとか、いってました。で、今回は、昔をなつかしむためにインドを旅行しており、適当にいわれるままの値段で、宿に泊まって、食べ物食べて、とか、そのとき言ってました。インド人と喧嘩するのも、もう年だし面倒くさい、とか言ってたと思います。
それを聞いた私は、みんな旅行者はインド人と戦いながら旅行しているのに、なんと怠慢な人だ、と思った記憶があります。でも、私の意識が変わりはじめたのは、多分、そのときからではないか、とも思います。だから、その時のAさんの言葉は、今も鮮明に記憶してます。とても、面白い飲み会でした。
でも、その後すぐに乞食にお金を上げはじめたわけではありません。はっきりそう決意したのは、3年前、はじめてペルーとボリビアに行ったときのことです。その旅行の最後の地ラパスでは、会う乞食全部にお金を上げていました。あの旅行中、乞食やもの売りの人達に対する見方がかなり変わったと思います。
あの旅行では、クスコは面白かったし、プーノやタキーレ島もとても良かったのです。あの地域では、いわゆるインカ文明の末裔の人達が、貧しいながらも元気に暮らしています。インカ文明ファンの私としては、旅行者として、ただ通りすぎるのは申し訳なく思いました。旅行者として彼(彼女)らにできることは何か、というと、お金を落として来ることです。
で、実際、お金を上げはじめると、ほんの少しのお金なのに、すごく喜んでくれるのです。こんな、少しのお金で人が幸せになることが出来るのなら、それが、私に与えられた役割なのかもしれない、とか、思うようになりました。たくさん上げたようでも、後から考えると、合計ではたいした金額にはならないこともわかりました。それに、気が付いてから、会った乞食みんなに上げることに決めました。
別に偽善的に上げてるわけではなくて、今では一種の趣味みたいなものです。偽善ではないといっても、お金を上げることによって、多少、自分がいい気分になることは、否定しません。だから、最近、乞食というのは、お金をもらうことによって、人にいい気分にさせる商売だと思ってます。
さて、今、7年前のインド旅行のことを思い出すと、当時とかなり見方が違っていることに気が付きます。何故、ミネラルウォーターのお姉さんにあんな腹をたてていたのだろうとか、思います。金持ちの外国人旅行客からお金をふんだくるのは、実に正しい経済行為ではないですか。インドを旅行させてもらってる身としては、当然支払うべき経費であるはずです。
昔(今もそうかもしれないけど)、中国では列車の切符など、外国人向けの二重価格がありましたが、あっても当然だと思います。『地球の歩き方』には、いかにして中国人価格で切符を買うかなどということが書いてあり、外国人価格で買う奴はぼられているのだ、ぼられる奴はばかものだ、という調子で書かれていますが、そんなことを気にしてはいけないと思います。むしろ、日本の貿易黒字を減らすため、お金を持ってる旅行者は、もっとどんどん海外でお金を払ってくるべきです。
宮の森さんから乞食のこと聞かれて、最初に思い浮かんだのは、インドで会ったAさんのことでした。私も、7年以上たって、Aさんのような考え方になってしまったのでした。要するに、年取ったということでしょうか。
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